二胡絹弦の販売 - 弦堂
構いませんが、できれば、専用の琴の方がいいです。
二泉胡は通常、琴胴が2mm大きいです。
もしくは、中胡を使い、弓も太めか、中胡用のものがいいと思います。
50年は、阿炳が粗弦(老、中弦)で演奏したので、この時代の弦はすべて音程が低かったと考えるのは、事実ではありません。
また、彼が竹の胴を持っている二胡を使っていたので、半世紀以上前の二胡は竹だったと考えるのも事実に反します。
清代の宮廷楽器は、壇木でしたし、高価な材は、黄花梨とされていました。
二胡の基本的な形も、清代より現代までほとんど変わっていません。
清末というと非常に古そうですが、日本では明治から大正期に相当しますので、非常に古いわけでもありません。
30年前後に、梅蘭芳と劉少卿によって発明された京二胡も同様、現代までほとんど変化しておらず、これも壇木です。
話を弦に戻しますが、阿炳の録音を行った天津音楽学校(現・北京中央音楽学院)の研究者たちは、荒弦で雑音無く、美しい音で演奏できるということに驚いたようです。
彼らは、細弦(中、子弦・現代と同様の組み合わせ)でないと、綺麗に音が出ないと考えていました。
それで、阿炳に「あなたはどうして粗弦を使うのですか」と質問しました。
すると彼は、「耐久性が違うから。もし外弦が切れて、弦がなくなったら、外弦にも老弦を張っていました。音もこの方が濃厚な音がでますから」というように回答したそうです。
江陰の民間芸人・周少梅は、細弦を使っており、彼から学んだ劉天華も細弦の使用者でした。
その後、劉天華は、天津音楽学校を設立し、細弦の伝統と流れを作っていったので、こちらの方がメジャーになっていったのかもしれません。
その一方、無錫の伝説的名手・沈养卿(1884-1956年)は、粗弦の使用者でした。
1910年代の最も有名だった京胡の名手 "南北二陳" で知られる "南陳"こと陳公坦が使っていた二胡は、壇木製でこれにも粗弦が使われていたと言われています。
無錫道士(阿炳は盲目になる前、道士だった)が、十番鼓(梵音)、十番锣鼓を演奏する時、使う二胡には、粗弦が必ず使われました。
このように、演奏者によって、弦が取り替えられていたということは、今日のように専用琴があったということはないかもしれません。
或いは、地方によって、琴の規格が違ったかもしれません。
江南地方の琴については、今では鉄道で10分あまりの距離しか離れていない都市間ですら、規格や使う素材に相違があります。
それどれの都市に、独自の琴があります。(これは地方の伝統劇の伴奏と密接な関連があります)
そこで、無錫製と思われる古い二胡を入手してみました。
これは、胴が竹製でした。
内部の容積も普通よりかなり大きかったので、これは二泉胡として使えるな、と思ったものです。
しかし、実際には細弦の方が相性が良かったように思いました。
これは、私が細弦の方が慣れているからかもしれません。
一方で、胴がかなり小さい高胡のような楽器でも、音が低いことがあります。
昔の楽器は、規格が統一されていないので、分からないことが多いです。
さらに、京胡は、音の高い部分が目立つ楽器ですが、使う弦は粗弦です。
(京胡は実際には、低い音の成分まで含まれており、独特な音が出ます。)
二泉胡や中胡がなければ、普通の二胡に二泉弦を張っても問題はないと思いますが、できれば、専用琴、さらにそれに合った弓がある方が無難だと思います。