ご質問(二胡絹弦関係)7

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日本の三味線は、今でも絹弦が使われています。中国ではなぜスチール(金属弦)に変わってしまったのですか?


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これは、難しい問題です。
歴史の中で、多数決のような形で、生き残ったり、淘汰されたりしてゆきますので、個人の明確な方針によって決まっている訳ではないからです。
それで、以下は推測になりますが、分かる範囲でまとめてみました。

日本で絹弦が今日まで存続してきたのは、日本人が音色に対する執着があるからだとされています。
絹の方が気品のある音で鳴りますので、切れやすいとか、寿命が短いという様々な弱点があっても、捨てるまでにはいかなかったようです。
おそらく三味線文化は京都が最大だと思いますが、この街が新しもの好きであることを考えれば、絹弦が生き残った事実は興味深いものがあります。
(一般に、奈良は古いものを保護し、京都は新しいものを取り入れる傾向があるとされています。町屋が無くなってきている問題はその1つと言われています)
良いものを追求すれば、絹弦は最高だから、残ったということです。
朝鮮族系も、絹弦を使っています。
西洋ではガットなので(安価な物は今でもスチール)おそらくスチールがメジャーなのは、中国だけかもしれません。
中国は50年代の録音では、まだ絹弦が使われています。
その後、文化大革命で、旧体制の文化を滅ぼし、新しいものを歓迎してゆく風潮の中で登場したスチール弦を受け入れていったようです。
二胡が屋外での演奏に使われたので、より発音の大きいスチールの方が良かったという事情もあるようです。
急に短期間で変化したわけではないので、詳細はわかりません。

欧州では、ルネサンス、バロック期は、楽器個々の音が低くチューニングされていたのですが、後に段々とピッチが高くなっていきました。
この時期は、大きなオペラハウスが建設されていった時期なので、そのことと関連があるかもしれません。
大きな会場で演奏する場合は、高めの音の方がいいようです。
ウィーン宮廷歌劇場は、当時の基準でもさらに高く、半音は高かったようです。
これが彼らの独自のサウンドの秘密の1つだったようで、舞台では高くした方が音楽の魅力がより引き出せる1つの例となっています。
京劇は、その最たるものかもしれません。
二胡も演奏会用の楽器になっていくに従って、スチール弦のメリットが必要とされていったのかもしれません。

北京では、最後の絹弦の工場は、鼓楼付近にありましたが、現在は消滅しています。
金属弦の方は、西直門付近にあり、現在は郊外に移転しているようで、これもありません。
鼓楼の弦は捜索しましたが、発見には至りませんでした。
しかし、西安で捜索した時に出自が不明の古い絹弦を発見しましたので、これがそうかもしれませんが、西安にも工場はあったと思うので、違う可能性が高いです。
残念ながら、子弦がないので、保管して置いてあります。
西直門の工場は、現在でも星海楽器という名称で存続していますが、会社自体は、中央音楽学院の南の方・広安門付近に移転してここは店舗になっています。
西直門の弦は、手に入りました。
錆があるものもありましたが、幾つか手に入りましたので、試して見たところ率直な感想を申し上げますと「これは絹弦を駆逐するな」と十分思わせるものでした。
品格と表現力が高い次元で結実しており、まだ優れた職人たちが腕をふるっていた時代の素晴らしい作品です。
こんなものは、もう手に入らなくなりました。
同じように思っている人もいるのかもしれませんがそのためか、現在の「常青牌」は、これら星海楽器の退役者らが集まって組織された工場で、奏者たちから厚く支持されています。
素材にも拘っていますので、こういうのが好きな日本人が結構買い付けて帰るようです。
しかし私は、別項でも書きましたが、表現力に乏しいと思います。
静かな曲に限っては使えるかも知れないという印象を持っています。
それでも「常青牌」ほど、中国文化を愛して作られた、中国の匂いがする弦はありません。

絹工場の様子
二胡の本場、江南地方は絹の産地なので、今でも絹弦が製造されています。
蘇州は、水のきれいなところで、古くからシルクロードを通る絹織物を提供してきました。
現在では、租界時代に蘇州の日本軍領事館があった跡地に最大の絹生産工場があります。
(ここでは、絹弦を作っていません。)
スチール弦に移行した現在でも、この地方は今も尚、弦の主要な産地で、幾つものスチール弦が作られています。
文革期は、メーカーがどれぐらいあったかわかりませんが、いろんなところが毛沢東語録などをパッケージに印刷し製造販売していました。
今では、主要なメーカーが大量に作っているのみだと思います。
文革期前後に活躍していた二胡奏者の方の話では、この時代には、両弦のチューニングが左右ぴったり合う職人技で作られた弦などいいものが多数あり、こういうものを作っていた工場は今はないので、品質が低いものしか手に入らなくなっているということでした。
いいものを作ると、他の競合よりもコストがかかり値段も上がるので、どうしても淘汰されやすくなります。
私も個人的にこれらの弦を入手し、演奏してみましたが、確かに文化的な香りが漂う素晴らしい弦でした。

話が大幅に逸れましたが、結論としては、良い金属弦があったので、絹弦がなくなったということです。
二胡用スチール弦ガイドを参照