二胡絹弦の販売 - 弦堂
バイオリンが数百年に亘って使用でき、名器が存在するのとは対照的に二胡は、せいぜい人間の寿命ぐらいだと言われています。
二胡は、人と共に成長し、老化して朽ちてゆく、それゆえ、古楽器には実用的な価値はない、とされています。
これは定説なので、一応、そう思っておいて下さい。
少なくとも他人には、そう言って一応、常識人として振る舞っておくのが手堅いと思います。
以下は、私が勝手に議論を展開して常識をぶち破ります。
私は、これまで幾つもの古楽器、特に中国拉弦楽器を購入してきましたが、清末に遡ると思われるものもあります。
そういう楽器は、作られてからだいたい100年です。
人間の一般的寿命を超えているので、使用できないとされている楽器です。
民国期のものも、ほぼ人の寿命ぐらいなので、老化した楽器と考えていいと思います。
これらの楽器のほとんどは、購入時は確かに使い物になりませんでした。
蛇皮が硬化して、音が酷かったのです。
しかし、蛇皮を貼り替えれば、現代楽器とは異なる美意識で設計されたこれらの楽器の音色に魅了され、以降はこのような楽器ばかりを拉いています。
ここで1つ疑問があります。
蛇皮を貼り替えたのなら、オリジナルを損なうので、もう100年前の楽器とはいえないのではないでしょうか?
もし、そう言えるのなら、数百年前のバイオリンも、古楽器ではなくなります。
ストラディバリウスやグァルネリウスなどの名器は、作られた当初の設計すら留めていません。
ネックは元々なだらかでしたが、ホールで大きな音を出すため、後代に改造されて現代に引き継がれています。
また、指板の黒檀は、寿命が100年程なので、これまで複数回、交換されてきています。
このように大事にされているのは、古楽器でしか得られないサウンドがあるからです。
二胡はどうでしょうか?
これは感性の問題なので何とも言えませんが、私や一部の中国人愛好家は、二胡の古楽器を貴重なものと見なしています。
現代台湾の有名なある二胡制作者は、「二胡には紫檀や烏木(黒檀)は合わない。老酸枝(老紅木)の響きが一番二胡に合う。」と言っているということですが、商品としてではなく、純粋に音色を追求した時、選択が老紅木になるなら、古楽器の多くが紅木の実(心材)を使っているという点は、非常に重要です。
このような材は、一般に出回っているのを探すのは、困難です。
うそだと思われるなら、折ったらわかります。(棹を胴から抜いたぐらいではわかりません。着色していますから。)
古楽器に使われている材は非常に稀少であるゆえ貴重であり、音色も違うのです。
では、京胡はどうでしょうか?
竹でできており、いかにも長年持ちそうにありません。
このページの写真の京胡は古いですが、80,90年ぐらいしか経っていません。
それでも十分に寿命と見なせる年齢です。
酷使されて松脂が飛び散り、黒くなっています。
この京胡は、私より一代前の所有者が、京胡制作家・韓文徳で、元は、北京戯曲学校副校長・徐兰沅の琴だったということです。
梅蘭芳専属の琴師として、多くの名場面を創造し、「六場通透」(あらゆる場面に精通の意)と言われた人です。
おそらくたくさん持っていた中の1把だと思います。
名手は、弓の圧力が違いますし、使用頻度を考えても、そうとう酷使されているのは間違いありません。
古い物としては珍しい湘妃竹の弓も華奢なものですが、どれも全く問題なく使えています。
音は、現代的基準の音作りではないような気がします。
華と毒が混在しているような・・・魔琴ともいうべきサウンドです。
魅惑的で棘はなさそうに見えるのですが、危険なオーラを秘めています。
何でしょうね、これは、優秀とは言えない琴だと思います。
どちらかというと、優秀というよりは、不良と言っていいと思います。
やくざの姉御的な雰囲気の琴ですね。
これは現代の価値観に相容れないと考えれば、もう老化したスクラップでしょうし、別の見方をすれば十分現役です。
皮は韓氏が貼り替えたのではないかと思います。
徐はかつて自身の工房も持っていたので、韓に技術指導したのかもしれません。
その時に、手本として1把受け取ったのだと思います。
世の価値観は変わっていきますが、良いものの価値は不変なので、こうして受け継がれているのはうれしいことです。
韓氏の専業の琴は、すばらしい音がします。
ぜひ、京胡を選ばれるときに選択肢に加えてみて下さい。