ご質問(二胡に関わるその他)5

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中国音楽と西洋音楽は、どのように違いますか?


宮廷衣装の撮影サービスを楽しむ白人旅行者 基本的にあまり違わないと思いますが、発展した姿はかなり異なっています。

弦楽器は今のアラブあたりが発祥だということで、そこから東西に伝わったようです。
古代中東では、弦はユダヤが最高とされ、"世界"の範囲が変わった今でもその評価に変化はありません。
第二次大戦中にウィーンの宮廷歌劇場の多くのユダヤ人が解任され、その頃ここへ客演したヘルベルト・フォン・カラヤンが弦楽器の音を聴いた後、こう呟いたと言われています。
「やっぱり、ユダヤがいないとだめだな」
彼らユダヤ人は芸能だけでなく商業にも秀でていて、シルクロードを支配していたのはユダヤであったと言われています。
それゆえ、古代長安の都にはすでにユダヤ人地区があったとされています。
日本の神道は、ユダヤ教の背教したものであるとされ、その多数の証拠の1つは、三種の神器に関するもので、伊勢神宮にある神器(ご神体ではない。ユダヤ教は偶像礼拝を禁じている)鏡の裏面には、意味不明の文字の羅列のようなものが見られ、ヘブライ語なら読むことができます。
それは「エホバ(ユダヤ教の神の名)は光」と読めます。
彼ら商人は、見知らぬ土地を幾つも訪れるので、現地人との交流のため、弦楽器を使ったと言われています。
そうであるとすれば、ユダヤなくして東西の弦楽器文化はなかったということになります。
二胡の原型は、古くはシルクロードの商人が持ち込んだものだとされています。

しかし人間は、自然界から多くを学ぶので、土地の風情から感性を育てていきます。
それで、東西の弦楽器は、異なる発展をしていったと考えることが出来ます。

そこで、現代にまで発展した中国、欧州の擦弦楽器二大中心地の音楽を比較してみると、ぜんぜん別物という感じがいたします。
技術的な面に目を向けてみると、中国音楽は曖昧な音程で、欧州はシビアな正確さが必要だと言われます。
テンポも欧州は正確であることが重要とみなされていますが、中国音楽はそうではありません。
しかし最近では、中国も欧州的考え方に近づいてきています。
これは、発展とみなされています。

ところが、全く別の見解もあり、元々欧州音楽は、小節線というものがなかった点を指摘し、これが作られたのは、奏者が段々無能になっていったからだと言われています。
要するに、譜を読む力が落ちたので、小節線を引いてわかりやすくしないと演奏しにくいと考える奏者が多くなったということです。
このような"区切り"がなかった頃は、各奏者がもっと開放された自由な表現で演奏しており、テンポを自由に動かして音楽を作っていたようです。
だとすると、中国音楽の古曲に近い感じがあります。
テンポや音程を動かさず、きっちり拉くようになったことは後退と言うより「本物はシンプルである」という原則に向かった結果だと考えられるかもしれませんが、結局東西どちらも同じような道を辿っているようです。
楽譜は、作曲家の意図を40%しか伝えていないとされ、結局のところ、だいたいの要点を記したものに過ぎません。
優れた作曲作品を生きたものにするために、様々な試みを行って楽しむ時代はもう来ないかもしれません。

西洋拉弦は無伴奏の楽器としては難しいですが、東洋は無伴奏の方がむしろ普通です。
技術の成熟に向かう段階でそこからさらに上の段階、精神性の領域に入るまでの間の過程が、東洋と西洋では違いがあります。
この部分が、単音しか出ない楽器を無伴奏楽器とするかアンサンブルの一部として扱うかという違いをもたらす大きな要素になっています。
歌は本当に優れていればソロでも十分に美しく聴けます。
東洋音楽はそこをかなり研究し尽くしていく傾向があり、単音の楽器を単音に聞こえないようにするような感じの様々で多彩なテクニックの方法論をも確立しています。
西洋の音楽はアンサンブルに重きを置いているゆえ、東洋音楽のような自由度は得られません。
西洋音楽は音程に厳しいですが、そうでないと他の楽器と音程が合いにくいからです。
音程重視なので、バイオリン属のモダン楽器は弦を4つ揃え、指板をつけて確実性を高めています。
二胡は2弦です。
弦は宙に浮いており、不安定です。
安定させると表現の自由度が縮小されますし、音楽は常に流動していなければなりませんから、どのように流れていくかを重要視すれば、弦を安定させる必要が感じられないのだろうと思います。
このことが、バイオリンに優る表現力を二胡に与えています。
弦に加える力を多彩に変化させて、音を自由にたゆたわせることができ、長い弦を利用して多くの奏法を可能なものにしています。
二胡は2弦しかないので、低音から高音までの幅が広いということになります。
これを自在に操り、指を滑らせて、上から下まで使うので、西洋楽器のように4弦に分けて短くするというようなことでは表現の獲得が難しいのです。
バイオリンでソロで聴かせるのはかなり高度ですが、二胡はソロ演奏が一般的なのはこのあたりに違いがあります。
(注記:河南の二胡は指板があります。これには一般的なビブラートは使いません。基本はノンビブラートにて演奏し、使う時には大きく指を上下に素早く動かします。弦を擦って磨くような感じです。この地方の音楽から取材した劉明源の河南小曲はそのように演奏します。)

西洋音楽は、音程にシビアです。
東洋音楽ももちろん音程は重要ですが、場合によっては楽譜の指定の音とは、ぜんぜん違う場所をまず押さえにかかったりします。
楽譜に書かれていない音を出す場合もあります。
西洋音楽しかわからない人は、音程がずれていると感じられることさえあります。
それゆえ二胡は、バイオリンと比較にならない程、高度な部分というものが存在します。
それは地方によっても違うので非常に多彩であり、このことも学習を困難にしています。
例えば、北京ダックしか知らなくても一応は中華料理を知っているということはできます。
しかし中国の各地方の料理を知っていて、それでようやく中華料理を識っていると言うもので、広東、四川などの代表料理も知っていないのに中国料理を知っているというのは不自然な感じがあります。
音楽も同じでありまして「中国音楽を理解している」というのはそう簡単に言えることではありません。

蒋巽風の論文で、劉天華自身による病中吟の録音に言及したものがありますが、この曲は指を下方に滑らせる部分があります。
そこで、劉天華がこの部分の録音の際、規定の音程まで指が届いていないことを指摘して、蒋は、この1つを以て劉天華が最高の演奏家だったことがわかる、と言っています。
この音程の不足に込められた意味に深いものがあるというのです。
もし、この不足が"正し"ければ、最初から楽譜にそう記入すればいいわけです。
しかし、自分で"正しい"音程を設定しておきながら、劉天華は、"正しく"演奏しなかったのです。
これは、正しい音程なのではなく、その音程の背景にある"意味"が正しいのであって、この意味が表現されていなければ、音程が正確でも、演奏は"正し"くないということになります。

私は、王宜勤に「光明行」の演奏方法について尋ね、その説明が、尾声の颤弓(トレモロ)部分に達した時に大師は、「この部分を私はこう拉きます」と言って私の譜子に16分音符を多数書き込みました。
颤弓を使うのは集結部分だけです。
大師の正規録音もそのように演奏されており、このような暖かで喜びの感じられる演奏は他に聴いたことがありません。
これが、劉天華が描いていた作品世界と同じものかはわかりませんが、そういう議論が無意味に感じられる程、すばらしく表現されており、こうして作品は生命を得るのだと思います。

私は、ある北京の音楽学院の学生の前で、「月夜」の(今振り返ってみるとなぜ劉天華ばかりになっているのか自分でもよくわかりませんが)最初の1音を引っ張った時に彼は、私の演奏が問題有りだと指摘しました。
彼の指摘は、私が弓を引いた時に毛の圧力が段々落ちているので注意して圧力を保たなければならない、というものでした。
私は驚き、この音は消えていくようには演奏しないのですか。その後すぐにまた上昇すると理解していましたが、と質問しました。(注:実際は逆にクレッシェンドすると思いますが、私はこれが気に入らず、デクレッシェンドしていました。)
彼は、困った顔をしていました。
彼が実際に言いたい事は、基本をきちんとやっていないのに、いろいろ細工をしている問題学習ではないか、ということだろうと思います。
彼は、美しい演奏はこうだ、といって、揉弦(ビブラート)を多用した、見本のような演奏を披露しました。
それを聴いて、今度は私が眉をしかめました。
表面だけ綺麗に細工した中身のない陳腐な商品化された演奏だと考えたからです。
この比較は、2つの全く異なる学習法を明らかにしています。
狙いも違いますが、一応中国音楽的なものではあります。
こういう異質な考え方同士の格闘?は、欧州でも当然あります。

中国ではまだ古典奏法が大切にされていますが、その内滅ぼされると欧州と変わらなくなると思われます。
それで現状ではとりあえず「欧州と中国は、演奏方法が違う」としておきます。
しばらくすれば、この見解は「間違い」となっていくでしょう。

中国音楽と西洋音楽の音程感に対する微妙な相違が出てくる理由はおそらく、西洋音楽が複声で東洋が単旋律中心ということと関係があると思われます。
西洋は他の音とのブレンドを常に意識する必要があるので、確実に平均律を押さえていかないといけません。
平均律は古代中国の数学者が発見したものですが、東洋ではこれだけでなく、様々な旋法や音程が使われます。
標準ピッチという概念も最近までなく、西洋から導入されたものと思います。
そこで、西洋の音楽をルネサンスからバロックにかけて遡って見ていくことにすると、古くは東洋と西洋はあまり違わないのではないかという気にもなってきます。

現代には「著作権」というものがあります。
しかし貴族や王室がパトロンだった時代には、こういう概念自体がなかったと思われます。
いわゆるパクリのみで音楽活動をやっていくのは問題なかったですが、これのみしかできないようでは作曲の分野ではパトロンへの売り込みが苦しくなります。
それでも演奏家としては、他人の作品を演奏しても関係ないので、自由に使っていくことはあったようです。
それで新作が公開演奏される時には、練習一切なしぶっつけ本番で、演奏直前に楽譜を配り終わったら即回収して他人に演奏されないようにするということはあったと言われています。
非常に古い作品は作曲者の名前がクレジットされていないものが結構あり、誰が作ったのかよくわからない作品も多数存在します。
しかし出版というものが出てきてから、著作権に近い考えがでてきたのかもしれませんが、まだこの頃は権利を主張する意味がほとんどなかったようです。
作曲の権利は考えていなかった一方で、その作曲作品を使って興行して稼ぐ件については神経質な人もいたということのようです。
他人の作曲作品を持ってきて勝手に自分の作曲に利用するということも、かつては普通のことであり、バッハの作品ですら多数の過去の作品からの引用が見られます。
中国では、有名なメロディを「牌子(パイズ)」と言い、3000ぐらいあるとされていますが、すべては他人が作ったものでありながら、これを引用して作曲するのは当たり前でした。
牌子は自分で作るか、過去の既製のものを使うにしろ、とにかく牌子を組み合わせたりアレンジしたりして曲を作るのが一般的な作曲というものだったのです。
どの牌子を使ったのかは聴衆がわかるので(分からなくても?)一々アナウンスするようなことはなかったようです。
このような自由な雰囲気にあったので、優れた作品が多数出てきたとされています。
その豊かに素材が利用できる中で、優秀な作曲家が新しいものを作っていったようです。
ブラームスが交響曲第4番の最終楽章を作曲するときに、ベースにする旋律についてどうするかという内容の友人に書き送った手紙が残っており、ここでブラームスは1つの旋律を書いて「これはバッハの作曲したものだから、しっかりしていて使える」という考えを述べ、この旋律を使って変奏曲に仕上げるつもりだと書いています。
仕上がったものは、この旋律を36の種類に様々に調理したパッサカリアとなり、この結果に至る経緯は今でもよく知られていますが、誰も「バッハのコピー」だとは言いません。
ジャズに至っては、"パクリ"なしには存在し得なかった音楽だとされており、欧州、アフリカ、南米から多数の音楽を抜いてきて発展させてきました。
ちょっと話が逸れますけれども、現代中国は他人の作品をネットでばらまいても問題ないですが、そういう人気作品を作ると国家が生活を保障するので今でもパトロン制にあるということになり、一般の人がどこかに許可を取らないと演奏すらさせて貰えないということもないので、すごく便利がいいです。
支払い等は中国政府が行っている形なので、優れた作品は国の所有という雰囲気になり、人民だけでなく世界中だれでも演奏できますが、かといって作曲者の名前が消されることもなく名誉も高められたままという状態で、この体制は古代から基本があまり変わっていないと言えます。
欧州は、いわゆる「牌子式」のようなものやパトロン制を廃してきたので、どんどん変化してきたと言えるのかもしれません。
変化前の欧州と中国は似ているという見方ができるので、この経緯をみていくと、西洋と東洋の音楽の違いは分かりやすいかもしれません。

ここで、著作権の是非について活発な論議をする人もいますが、ここでは扱いません。
著作権は文化の停滞を招くとして反対する人がいるので議論になっているようです。
中国式は非常に良いですが、デメリットとしてはクリエイター(ではなく搾取する事務所だという人もいますが)が巨万の富を築けない点にあります。
米国のマイケル・ジャクソン氏が、自宅にネバーランドという個人遊園地を作ったとか、そこまで派手でなくても近いような話はいわゆる資本主義体制内ではよくありますけれども、中国式ではその100分の1ぐらいも真似できません。
これをデメリットと見なすかどうかについても、いろいろ意見はありそうです。
そんな中、デジタル化という新しいものが出てきて、現代のパトロンであるはずの民衆が不法ダウンロードを行うので、人気絶頂にあるグループすら採算が取れず、解散しなければならなくなるような影響が出てきています。
このまま行くと、著作権構造自体が維持困難となり、中国式しか選択肢がなくなる可能性があります。
いろいろ個人で好みや意見はあるかもしれませんが、だれがどのように何を論じようとも、結局は昔の方法に回帰する流れになるのかもしれません。
不法ダウンロードがその内、不法でなくなるのかな、という雰囲気です。
すでに一部のレコード会社は、mp3を無料でばらまく"不法"行為はむしろ好ましいとして、現行体制では法的に問題有りとしても著作権者としての権利を行使せず公に容認する方針を発表していますけれど、これは今のところ進んだ考え方と見なされている段階なので、こういうのを見るとまだまだ過渡期であるといえるかもしれません。

新しいものを創造したり、古い物に回帰したりと、右往左往する・・・これが文化というものなのかもしれません。

牌子についても少し加えておきます。
清代に避暑のために皇帝が訪れていた熱河という都市があって、現在は承徳という名前に変わって観光地になっていますが、ここで演奏されていたという避暑山荘宮廷音楽というものの楽譜集を入手しました。
これはどのようにして現代に宮廷音楽の譜が残されたのか、おもしろい経緯が書いてあったりしておもしろいのですが、楽譜の方は牌子、西洋風に言うと主題が書いてあるだけという感じの物で単純な旋律集であり、これにいろいろ肉付けを加えて、編成も自由に組みながら、時にアドリブで演奏していたものと思われます。
これを現代に復刻演奏したと思われる録音を中国のネット上で見つけましたので以下に貼り付けておきます。
食事の時や睡眠時など、同じ牌子でも用途に合わせて変化させていたのかもしれません。
それでこの録音は1つの例程度に理解するのが正しいように思います。

パスワードが要求される場合は、録音のページに書いてありますので参照して下さい。

宫门大开  歌舞升平  春到御花园  烛影摇红  饮宴曲  宫怨  天子庆寿  紫云青峰  浪淘沙  乌江渡  天心顺  姑嫂拜月  冬来  水龙吟